玉川高島屋S・Cでつながる
人と建物、街への思い

「これまでの建築家人生の中で、心から実現したいと思った街づくりができた」と語るのは、世界的に有名な建築家、隈研吾さん。子どもの頃からその風景に慣れ親しみ、街の変遷を見続けてきた二子玉川で、玉川高島屋S・C 本館ファサードとマロニエコートをどのように手掛けたのでしょうか。「心がこもったSDGsにしないとだめだ」と話す、隈さんの思いを伺いました。

玉川高島屋S・C 本館

1969年に、日本初のショッピングセンターとして開業。開業40周年に合わせて、2010年に行った本館ファサード改修工事では歩行者用アーケードを増築し、ひとつひとつ違う曲線のアルミ板をつなぎ合わせ、有機的形態をもつやわらかなアーケードを作った。また、緑園創造の一環として正面玄関入口からアーケードにかけて植物を茂らせ、「緑の洞窟」を実現。緑で覆われた本館ファサードにより、緑と建物、街が自然と一体化し、心地良い立体的遊歩道を形成している。

マロニエコート

玉川高島屋S・Cの別館として開業し、2009年にリニューアルオープン。リニューアル時に「光と緑あふれるやさしい暮らし」をデザインテーマに設計された建物は、屋根の庇部分を植物で覆った「グリーン・イーブス(緑の庇)」が印象的。三角形のステンレスメッシュの庇部分には、ハーブなどを多く用いた植物と四季折々の花がバランスよく配置され、建物の淵を緑で覆っている。全面ガラス張りの建物が開放感あふれる施設となっている。

PROFILE

隈 研吾/Kengo Kuma

1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。国内外で多数のプロジェクトが進行中。東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の設計にも携わった。玉川高島屋S・Cでは、本館ファサード改修、マロニエコート建替え時の設計に携わっている。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

INTERVIEW MOVIE

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幼い頃から慣れ親しんだ二子玉川の風景

――隈研吾さんは、神奈川県がご実家だと伺いました。二子玉川はご実家からすぐそばとのことですが、幼い頃の思い出などはありますか?

実家が大倉山なので、田園調布の小学校に通っていました。そこから多摩川の川べりを歩いていた記憶があります。
当時の二子玉川は、住宅と川、畑に囲まれたのどかな街でした。多摩川園の東横線のあたりから田園都市線に向かって行くと、途中から視界が広がっていました。同じ多摩川なのに、田園調布と二子玉川のあたりでは、全然違う風景が見られるというのが子どもながらに印象的でした。

――東京都世田谷区玉川、二子玉川駅の西口に、玉川高島屋S・Cができてから今年で52年になります。玉川高島屋S・Cは、この街にとってどういった存在だったのでしょうか?

この50年間、玉川高島屋S・Cが手掛けてきたことは、日本の郊外の中で1つのベンチマークになるようなことだと感じています。郊外という場所で人間がどのように生活を楽しむか、どうやってかっこよく生きるか。そういったライフスタイルを玉川高島屋S・C(以下、玉川SC)がモデルを示してくれました。

東京の人間にとっても、二子玉川にリーディングカンパニーとなる玉川SCがあることは、一つ大きな嬉しい出来事になったと思います。
玉川SCがおもしろいなと思ったのは、建物を造るというよりも「街をデザインする」という意識がすごく高いところです。

僕ら建築家というのは、建物をデザインすること、表現することに夢中になるあまり、街のことを置き去りにしてしまうことがある――。
建物を建てるうえで一番大事な視点は、建築ではなく「街」なんですよ。建てた建物が街の中にどう溶け込むかが大切です。

玉川SCは、いつも街全体のことを考えているのです。この街で人間がどう歩くか、どのように生活するのか。常に、総合的な視点を持って考えているなと感じました。その思いは、開発に携わった担当の方々とのやり取りからもすごく伝わってきました。
「建物を通して玉川の街をより良いものにしていこう」という思いが、いろんなところにあふれているのです。

通常、僕がお付き合いするデベロッパーとかクライアントさんとはまた違った、広い視野を持って取り組まれているなということを非常に感心していました。

――隈さんとしては、どのような時に我々担当者のパッションの高さというのを感じていただけたのでしょうか。

たとえば、建物のサンプルで色を決めるとき、普通なら事務所に集まってサンプルを見て決めます。でも、そうではなく直接二子玉川の場所に行き、その場所で素材の色がどう見えるか、この街の風景に溶け込むかなどを話し合ったことなどからも感じました。植物でも素材でも、現場に行って、そこにあったものを決めたことが、設計をするうえで非常に効果的だったのではないかと、今改めて思います。

ほかにも、玉川SC本館とマロニエコートは、道路を挟んで斜め向かいに建っています。普通だったら2つ別々の建物だと考えるところです。打ち合わせの際に玉川SCの担当者は、道路の向こう側も含めて「1つのつながった体験だ」とお話しされました。

建物を2つ建てるというのではなく、「人と建物」「建物と街をつなぐ」という発想があったからこその言葉です。この発想は、これまでの日本にはなかなかなかった、斬新なものだと思います。
そういった意味でも僕らは玉川SCをはじめ、関係各社の方々と一緒に、すごく良い街づくりができたんじゃないかと思っています。

――玉川高島屋S・Cでは、創業当初から緑園創造について力を入れてきました。緑園環境を設計するにあたり、どのようなことに気を使いましたか?

緑園環境を維持する上で一番大切なことはメンテナンスです。ちょっとしたメンテナンスがあるかないかで、緑が生き生きとして感じられるか、街を歩く人が気持ちいいと感じられるか、あるいは放り出されたかのように感じるか、大きく異なります。

そのため、設計する段階はもちろんのこと、メンテナンスのしやすさということも、非常に重要視しました。

緑園化というと、植物の手入れだけすればいいと思われるかもしれませんが、そうではありません。土の手入れをして、敷地内に設置されたベンチを定期的に確認することも大切です。植物の手入れだけではなく、敷地内の自然環境全体のメンテナンスをやっていただくと、建物全体がどんどん輝いて見えます。

――メンテナンスにどれだけ力をいれるかによって、建物全体の印象が変わってくるんですね。

緑園創造というと、僕ら建築の手が離れてから植栽をしていくイメージです。玉川SCに関しては、緑のデザインと建築のデザインが並行して、同時に進んでいくところがすごく楽しくて刺激的でした。玉川SCの担当者の情熱を感じて、我々建築家自身が「自然回帰」「緑との共存」ということに対して、より真剣に取り組む必要があると感じました。

この緑園創造というのは、建物が完成して終わりではなくて、メンテナンスも含めてこの先5年後10年後どうなっていくかというイマジネーションが非常に大切です。この未来を想像するのがとても楽しい。どんな建物に育っていくのか。ある意味、街と緑と建物が一体になって育っていく。そんなことを考えると、とても心躍る時間でした。

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自然豊かな二子玉川の街に自然と馴染む建物にしたい

――「街と緑と建物が一体になって育っていく」というと、マロニエコートの「緑の庇(ひさし)」のようですね。「緑の庇」は、まさにそのような思いをもって造られたのでしょうか。

僕のこれまでの建築人生の中でもマロニエコートの「緑の庇=グリーン・イーブス」は、すごく感慨深いものがあります。建物のバルコニーというのは、デザインの中で一番難易度が高いところです。「バルコニーのふちが緑でできたらどんなに素敵な建築になるんだろう」ということを長年考えていたんです。それが初めて実現できたのがマロニエコートです。

三角形で構成されたステンレスメッシュに植物を這(は)わせ、光や影を通しやすくする。その「グリーン・イーブス」の下を通ると、木漏れ日が差し込んで、心地いい空間が生まれる。また「グリーン・イーブス」を取り入れることで、建築物の輪郭を緑で縁取ることになります。

これにより、建築物の一番目立つところが緑になるわけです。普通、建築物は、一番目につくところには、石やレンガを貼ります。しかし、建物の主役を緑にしたことで、その緑の印象が建築全体のイメージを決めることになります。

建物の主役を緑にすることで、建物全体の印象を柔らかくしたい。そうやって自然豊かな玉川の街に自ずと馴染む建物にしたかったのです。
グリーンイーブス(緑の庇)

――マロニエコート竣工から約10年。今の姿を見て、当時の思いは形になっていますか?

建築物と緑の関係は、当時想像していたよりもはるかに素晴らしいものとなっています。通常、建築物というのは、地面にプラントボックスがおかれて、そこに植物が植えられています。これに対して玉川SC本館、マロニエコートというのは、建物全体が植物で覆われているイメージになります。建築と緑が完全にインテグレートされた形になっているのです。そのためここを訪れた人は「街の空気が違う」と感じていただけるんじゃないかなと思います。

緑というのは、生き物です。周辺に住んでいる方々、ここに遊びに来る方も、ある意味同じ‟生き物“です。生き物同士が色々と会話をしたり、友達になったりしているという感じがします。人間だけで住んでいる街と、人間と緑が一緒に住んでいる街は、豊かさの質が違うと思います。

玉川地区に住んでいる人はもちろんのこと、東京都23区や都外といった他の地域から訪れた人も、玉川SCに立ち寄って「ほっと一息つける」場所になっていたら嬉しいですね。

――マロニエコートの翌年に、本館ファサードも手掛けていただきました。こちらは、どういう発想からきたのでしょうか?

玉川SCの担当者と話したとき、「二子玉川において、玉川SCを持続可能性、つまりはサステナビリティの象徴になる場所にしていきたい」というふうに考えられていました。もう10年以上前のことで、当時はまだ持続可能性だとか、サステナビリティという言葉がなかった時代のことです。その思いを建築にどう組み合わせるかというのが、僕に与えられたミッションです。

しかも、この本館ファサードというのは、ゼロから作るのではなく、元々あった建物を改築して使うというもの。新しい部分もあるし、リノベーションの部分もあります。それをどう組み合わせるか。ここもまた、僕に与えられた課題の1つでした。

リノベーションというのは、そんなに簡単なことではないんですよ。新しいものをゼロから作るのであれば1つの思想を表現できる。しかし、もともとあるものと新しいものを含めてトータルにデザインするというのは、ある種ハードルが高いんです。建築美術的にも、建築デザインのセンス的にもハードルが高い。そういった意味でもとてもやりがいのある仕事でした。

――新築とリノベーションを手掛ける場合、どちらが難しいですか?

リノベーションの方が、制約がたくさんあって設計するのは大変です。しかし、実はうまくいったときの達成感というのは、新築よりもリノベーションのほうがあります。難しいクイズを解いたときの達成感に似ているかもしれません。僕は、この本館ファサードを手掛けることで、建築家としていろんなことを体験することができました。

――本館ファサードをデザインするにあたり、他にどのようなことを意識されたのでしょうか?

「建物と緑を一体化する」ということを考えて、1階の一番目立つところにプラントボックスを設置し植物を植えましたが、すぐ脇にある上へと続く白いアルミ板に植物が這(は)い、ファサード全体を覆っていくことで、まさに建物と緑が融合したのです。

竣工から時間はかかりましたが、ようやく設計当初に思い描いていた姿が実現してきたのです。この玉川SC本館のファサードというのは、プラントボックスのデザインの歴史の中でも画期的なものになったのではないでしょうか。


本館ファサードのアーケードは、アルミ板にパンチングして風や光を通しやすくしています。疲れたら1階のベンチに座り一息つくこともできます。家族と一緒に玉川SCに買い物に来て、四季折々の景色をみながら木漏れ日の中ゲートを歩く。自然を感じられる中で大切な人と過ごした記憶は、ずっと心に残るでしょう。

自分が生まれ育った玉川の街で、人々の思い出の一端を担う建物に携われたということは、建築家としてとても誇らしく思います。

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心のこもったSDGsへの取り組みこそが世界を変える

――今、世の中ではSDGsがとても注目を集めています。サステナブルについて、設計の立場からどのようにそれらを考え、取り入れていますか?

世界中にコロナが蔓延したこともあり、世界の流れは自然回帰になってきています。今までの建築は、一言でいえば、「都市集中」でした。それが、今折り返し地点にきていて、僕らはもう一度自然と共存する生活を見つめ直さなければいけない。

建物の中にいるよりも、外に出て風が流れて光を感じるところにいたい。そう感じる人が増えてきていると思います。人間のライフスタイルも、これまでの都市集中型から郊外分散型へ変わる時期にきているのでしょう。そういった意味でも、この二子玉川の玉川SCというのは時代の先駆者として、今後さらに重要性を増してくると思っています。

――コロナがあったことで街全体の空気感も変わってきたように感じます。

そうですね。以前は、外見がスタイリッシュで都市型の建物が好まれていました。しかし、今は、建物の中だけでなく、テラスでの過ごし方や街を歩くということなど、心地よく暮らすためにはどんな環境が良いのか、見直すべきときにきています。今は、建物のデザインのカッコよさよりは、街全体の豊かさが問われる時代になってきているのです。それが心の豊かさにつながってくるのです。

――心の豊かさといえば、健康に対しての意識も変わりそうですね。

確実に変わるでしょうね。これからの健康というのは、これまでと違うレベルで認識しなければいけません。ただ単に、病気にならないようにする、食生活を整えて運動するというだけのものではありません。自然豊かな街に住み、きれいな空気を吸う。それによって心身ともに健康になる。「健康であることの価値」を今まで以上に感じるようになってきていると思います。

――サステナビリティと建築については、どのようにお考えですか。

建築におけるサステナビリティ、持続可能性というと、一般的には、二酸化炭素の濃度がどうかなど、専門的な数値の話になってきてしまいます。

そうではなくて、僕が玉川SC本館ファサードやマロニエコートを手掛けるにあたって考えたことは、「緑が与える感覚的なサステナビリティというものを大事にしよう」ということです。

たとえば、太陽の光や風をどのように取り入れて設計するか。木を植えるときは、どんな種類のものを植えたら人工物である建物を柔らかく見せることができるのか。緑を建物の中心にしようと思ったら、どんな設計をしてどんな植物を使ったらいいのか。

メンテナンスのしやすさはどうか。5年後、10年後も続けていけるのか。そういった観点から、本館ファサードやマロニエコートの「グリーン・イーブス(緑の庇)」などを考えて設計しました。

僕らは、まだSDGsという言葉が登場する前からこの二子玉川の街づくりに携わってきました。その後にやってきたSDGsというのは、この二子玉川の街の中ですべてカバーされているのです。今、SDGsでいわれていることは、全部、二子玉川にある。大げさかもしれませんが、そのように思ったんです。

僕たちが十年前に取り込んできたことは、決して間違いではなかった。後からSDGsという言葉がついてきて、今時代が追いついてきたという感じがします。

――隈さんは、建築家個人としてもSDGsを大切にされています。ご自身にとってのSDGsとはどのようなものでしょうか。

僕が大事にしていることは、心がこもったSDGsにしないとだめだということです。
さきほどもお話しましたが、SDGsにはそれぞれクリアするべき数値目標があります。「SDGsの基準を満たしているか」という視点で見ると、つい数値ばかりを気にしてしまいます。しかし、それはあくまでも数字でのことです。
大切なのは、ひとつ一つの項目に対して、愛情をもって設計するということです。そういう思いを持ってやらないと、人に感動を与えるものはできない。SDGsというのは、心とすごくつながっているものだから、科学とか科学以上のものがSDGsにはなければいけないと思っています。そこにはやはりパッションが必要だと思います。
今、人々が本当に求めているものは、精神的な豊かさです。物質的な豊かさというのは、ある意味もう満たされてきています。今大切なことは、誰とどこでどんな時間を過ごすのかということ。

そういった意味でも、この緑あふれる玉川高島屋S・Cというのは、これまで以上に人々の憩いの場であるとともに、時代をリードしていく場所になるのではないかと思います。

――ありがとうございました。

SDGs(持続可能な開発目標)

SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットで決まった、2030年までの達成を目指す世界共通の目標です。SDGsは17のゴールと、その目標を達成するための具体的な169のターゲットで構成されています。先進国、発展途上国問わず国連サミットに参加する193の国が採択した国際目標であることから、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。